大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)56号 判決 1963年2月28日

判   決

アメリカ合衆国ミシガン州

ミツドランド・イースト・メイン・ストリート九二九

原告

ザ・ダウ・ケミカル・コンパニー

右代表者

カルビン・エー・キヤンベル

右訴訟代理人弁理士

浅村成久

海老根駿

佐多真一

三宅正夫

東京都千代田区三年町一番地

被告特許庁長官

今井善衛

右指定代理人通商産業技官

戸村玄紀

同通商産業事務官

工藤吉正

右当事者間の昭和三四年(行ナ)第五六号特許願拒絶査定不服抗告審判審決取消請求事件について、当裁判所は、昭和三八年二月五日に終結した口頭弁論にもとづき、つぎのとおり判決する。

主文

特許庁が昭和三一年抗告審判第七二六号事件について昭和三四年五月六日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二  請求の原因

一原告は、一九五二年六月二七日訴外オールデン・ウエード・ハンソンから同訴外人の発明にかかる「ビニリデン化合物の連続的重合法」について、日本において特許を受ける権利を譲り受け、その米国における一九五一年九月一〇日出願にもとづく優先権を主張して、昭和二七年八月九日特許庁に対し特許出願をした(昭和二七年特許願第一二五七九号)ところ、昭和三〇年一二月二四日拒絶査定を受けたので、昭和三一年三月三一日同査定に対し抗告審判を請求し、昭和三一年抗告審判第七二六号事件として審理されたが、特許庁は、昭和三四年五月六日右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、同審決の謄本は、同月二九日原告に送達され、同審決に対する出訴期間は、特許庁長官の職権により同年一〇月二九日まで延長された。

二原告の出願にかかる本件発明(以下本願発明という。)は、二種以上のビニリデン化合物を共重合させて連続的に共重合体を作る方法であつて、その要旨は「少くとも二種の共重合し得るビニリデン化合物の液状単量体を重合装置に供給し、前記ビニリデン化合物の混合液は攪拌しつつ重合温度に加熱して共重合せしめ、生成した共重合体は未反応の単量体に溶解した溶液となし又完全に重合していない前記溶液を重合帯より流体として取り出すに当り原料の液状単量体は化学的に結合して望む共重合体を生成せしめる配合割合で重合装置に供給し、未反応の単量体は重合帯より流出した流体から揮発せしめて再び重合帯に返し又残つた共重合体が供給する単量体と同じ割合(重量基準)になる様に前記共重合体の溶液を重合装置より取り出す、かかる操作を継続する間反応混合液は重合帯で重合温度に保ち又前記単量体は反応混合液が完全に重合するのを防止するに充分な速度で反応混合液に供給する故重合帯における単量体の配合割合と生成した共重合体中の前記単量体の組成は重合工程の初期においては変化するが平衡状態に到達した後一定になることを特徴とするビニリデン化合物の連続的重合法」にある。

三本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。すなわち、審決は、本願発明を前項と同様に認定したうえ、昭和二四年一一月二〇日産業図書株式会社発行、水谷久一著「合成繊維・合成樹脂」(下巻)第四一六―四一八頁「熱重合」の項(拒絶査定において引用されたもの。甲号三号証の一ないし三)(以下引用例という。)を引用し、両者を対比して判断するのであるが、

(一)  引用例の記載によれば、引用例は、スチロール(ビニリデン化合物の一種)だけの単一重合体製造に関するものであり、その重合法として、(1)塔式連続重合法(1原料スチロールを攪拌しつつ六〇―八二度Cにあらかじめ熱する―一部重合、2右一部重合物を取り出し、これを別々に熱せられた六区域よりなる重合塔中に落下させる、3重合塔の底部からポリスチロールをリボン状で取り出す。)、(2)ドラム乾燥式連続重合法(1スチロールを攪拌加熱してその三〇―三五パーセントを一部重合させる、2右一部重合物を取り出して減圧かつ七五―八〇度Cに保たれた室内中に置かれたロールに通ずる、3ロール上にポリスチロールが帯状に形成されるのでそれを削り落す。)が示されている。ここに連続法というのは、いずれも、原料を連続的に重合槽中に通じ一部重合して後、順次重合温度を上げて重合度を上げるかまたは一部重合物をそのまま取り出すのである。それらは、いわゆる回分法とは異なるという意味での連続法を意味する。

(二)  ところで、審決は、本願発明と引用例とを比較し、「ビニリデン化合物の連続的重合法において重合帯に単量体を注入攪拌し、その全部を重合させずに単量体中に重合物が溶解せるまま流体にて重合帯より取り出して後、未反応の単量体を蒸発させて目的物たる重合体を得る点において一致し、唯引例は(1)同素体重合体の製法であるのに対し本願方法は共重合体の製法である点および(2)引例においては重合帯より未反応のまま流出された単量体を再び重合帯に還流させることおよび重合帯への単量体供給量の限定を明記していない点において両者に差異があると見られるが、(1)の差異点については、請求人(原告)は明細書中発明の詳細なる説明の項ことに第二〇頁第一一行以下において同素体重合体の製造も共重合体の製造も実施される場合はほとんど同様であると述べているので、かかる差異は技術思想上の差異を構成すると認め難い。(2)の差異点に関しては、未反応原料を再使用することは経済上の観点から普通に行なわれていることであり、製品の性質を一定にするために温度、圧等の条件を同一に保持するのと同様に原料もその消費された量と同量を供給することは、化学製品の連続製造法における一般的常識であるから、かかることが引例に記載されていなくても、この程度のことは当業者により容易に推考実施し得られるものと認められる。したがつて本願方法は引例から容易に推考し得られる程度であつて発明を構成するものとは認められないから旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条に規定する特許要件を具備しない。」というのである。

四けれども、本件審決は、つぎの点で違法であり取り消されるべきである。

(一)  審決は、本願発明と引用例とを比較し、ともにビニリデン化合物の連続重合法であつて、重合帯に単量体を注入攪拌してその全部を重合させずに単量体中に重合体が溶解しているまま流体状で重合帯から取り出して後、未反応単量体を蒸発させる点において一致していると認定しているが、引用例中このような方法とみられるのはドラム乾燥式重合法だけである。引用例の塔式重合法では、未重合単量体は温度を順次上昇させることによつて完全に重合させるのであつて、重合塔の底部からはポリスチロールが固体のリボン状で取り出されて来るからである。そこで、引用例のドラム乾燥式重合法と本願発明との比較において、審決の指摘する両者の差異点(1)(2)についてみる。

(1)(同素体重合体の製法と共重合体の製法との差異について)

本願発明は、共重合体の製造に特に顕著な効果を呈するので、その明細書の特許請求の範囲および発明の解説においては、本願発明が共重合体の製法であるとした。特許請求の範囲を抗告審判請求時に右のとおり共重合体だけに制限したので、同時に明細書のその他の部分の記載も同素体重合の場合を除くよう訂正すべきであつたが、要すると、本願発明は前述のとおり原料として少くとも二種の単量体を重合帯に供給し、一部重合を行つた後、その重合反応物(未重合単量体中に重合体がとけているもの)の全体のうち大部分を再びもとの重合帯に循環させ、循環させなかつた重合反応物を真空下でその単量体を蒸発しさらに液化させてこれを重合帯に循環させる。一方、単量体を除去した重合体を取り出すのである。同素体重合体を製造する場合も、同様に一部重合させたものを大部分重合帯に循環させ、一部から重合体を回収して未重合単量体を循環させるという点で、共重合体製造の場合のときも同様であると明細書に記載しているのは、このような意味においてである。

ところが、本願発明の関するビニリデン化合物の重合について、同素体重合と共重合とは別個であり、このことは、明細書(甲第一号証の一第四頁七―一〇行目)に「普通の重合法で得られる固形同素重合体(ホモポリマー)は通常広範囲に変化する分子量を有し、また、周知の方法で作られる固形共重合体は物体全体にわたつて非常に広範囲に変化する化学的組成および分子量を有する。」と記載されていることから判る。また、同号証第二頁終から五行目以下に「この方法(本件の訂正がされない当初の特許請求の範囲の記載)によれば非常に均整な分子量を有し従つて毎回式重合法で同一の出発材料から作られる重合材料がとうてい持ち得ない有用な性質を有する固形熱可塑性重合体および共重合体を製造し得る。」と記載されているように、均整な分子量の重合体が得られるということが、本願発明(共重合体の製法)が共重合だけでなく同素体重合にも使用されるときの共通の利益であつた。

ところが、同号証第二頁終から二行目より第四頁二行目までにおいて右の方法を共重合に適用したときは均整な分子量を有するだけでなく、化学的組成の常に一定の共重合体が得られると述べられているように、明細書でも、同素体重合と共重合とは決して同一の技術的思想のもとに取り扱われていない。本件審決の引用した同号証の第二〇頁末尾三行の「本発明の方法は同素重合体の製造に実施される場合もほとんど同様であつて、図示の各装置はその何れにも使用され得る。」という記載は、本願発明で対象とされるビニリドン化合物の重合で共重合も同素体重合も同一技術思想であることを意味しているのではない。したがつて、審決がいうように同素体重合体の製造と共重合体の製造とは技術思想上差異がないと簡単にいい切れない。同素体重合体でも、特にビニリデン化合物の場合は分子量の種々異なつた重合体の混合物が得られ、均一重合体を得難く、引用例の第四一六頁にも温度調節がむずかしいと記している。まして、ビニリデン化合物の共重合体となると、共重合体の一方の成分が早くそれ自体で重合するという場合があつて、常に均一組成にして分子量の一定した共重合体を得ることは、従来きわめて困難であつた。同素体重合では、一つの単量体を原料とするから、その場合には分子量の一定のものを得ることが望まれる。しかし、共重合では、二つまたはそれ以上の単量体を原料に使用するから製品の分子量もさりながら、組成の一定であることが望まれる。共重合の場合、反応の進行とともに製品共重合体の組成が刻々と変化することは甲第一号証の第三五頁一―八行目にも明らかである。そこで、分子量の一定という点だけみると技術思想的に差異がないようにみえるかもしれないが、組成の一定である共重合体を得るということになると、同素体重合の技術と同一視はできない何らかの手段を必要とすることは明らかである。本願発明の方法においては、分子量および化学組成が一定の共重合体を得ることができるが、その方法を同素体重合に応用すれば、均整な分子量の同素体重合体を得ることができるということであり、ただ、方法的に同様であるというにとどまり、同一技術思想とはいえない。すなわち、方法そのものと技術思想とを混同することは許されない。もともと、ビニリデン化合物の同素体重合と共重合とは、別個の技術として取り扱われているものであり、同素体重合の方法は共重合には一般に不適でありたがいに関係のない技術である。したがつて、この点についての両者の差異をもつて技術思想上の差異を構成するとは認め難いとした審決は誤つており、特許請求の範囲が共重合体の製法である本願発明を同素体重合体についての引用例をもつて拒絶することは許されない。

(2)(未反応単量体の再度重合帯への環流と重合帯への単量体供給量の限定との明記の有無について)

引用例のドラム乾燥式重合法は同素体重合の製造だけに関するものであつて、二種またはそれ以上の単量体の供給割合、単量体の循環、単量体と重合体との混合物の循環についてはまつたく記載されていない。回収された単量体をその供給源に返すことは考えられるとしても、重合体までも重合帯に循環させることは引用例に暗示さえもされていない。ことに、共重合体を得る場合、その分子量も組成も一定なものを連続的に得るためには、重合帯温度を実質的に一定に保つことおよび重合帯から流出する単量体のすべてを分流して重合帯に返すことが重要であり、蒸脱器で揮発させた単量体を原料単量体の給源たる送給管のところに返すのではなく、原料単量体の混合液が重合槽中へ入るところへ加えることが重要なのであつて、この点は、特許請求の範囲に「未反応の単量体は重合帯より流出した流体から揮発せしめて再び重合帯に返し」と明記されている(なお、甲第一号証の一明細書の例四参照、その第三七頁五行目から第三八頁第一行目と第三九頁二―六行目とを対比。右のほか、その第一八頁の七行目、同頁末行から第一九頁一行目、第一九頁五―六行目、第二一頁一〇行目にも同旨の記載がある。)これに対し、回収した単量体混合物を分析にもとづいて単量体組成を調節して後供給源から再び重合帯に送つた場合に得られる共重合体は、はじめ送給した原料中の成分比とは著しく異なつた成分比のものであり、一方、本願発明のように原料は予定された割合で供給しながら、回収単量体混合物を上記原料とは無関係に直接重合帯に返す場合には、一定時間後原料の送給比とほぼ同一の成分比の共重合体が得られるのである。したがつて、本願発明のような回収単量体の環流方式では、(ⅰ)希望のかつ予定された組成の共重合体が常に直接得られる、(ⅱ)原料単量体の供給割合、重合温度等反応条件について絶えず心配する必要がない、(ⅲ)製品をいちいち分析してみる必要がないという利点がある。この利点は、とくに共重合において著しい。本願発明の還流を還流分が供給源に返される態様のものと同一視することは許されない。

同素体重合においては、多くの場合種々に異なつた分子量の同素体重合体の混合物が得られるが、モールデイングは、実質的に均一な分子量の同素体重合体が好ましい。共重合体の場合もそうであるが、このようなモールデイングに好適なの方法は、共重合体に効果が顕著で、分子量および化学的組成において均一な共重合体が得られるとともに、原料単量体の相対的混合割合をあらかじめ知らなくても、また、重合帯温度の影響を考慮しなくても、常に安心して一定の分子量および組成の共重合体が得られる。ところが、引用例の右重合法によつては、これを共重合体の製造に応用したとしても、このようなものは得られない。従来の共重合においては、その成分原料単量体の結合速度が異なるため、結合速度の早い成分単量体が他の成分より速かに消費されてしまうので、重合帯中の他の単量体成分との相対的濃度が減少、また、重合帯の温度の調節困難も相加して均一分子量および組成の共重合体が得られない。本願発明の方法では、このような欠点はなく、始動時に得られる共重合体の分子量に変動があつても、一定時間後には供給単量体の割合に応じた、しかも、実質的に均一な共重合体が得られるようになり、その分子量は、重合温度にもよるが、希望の温度を選択することによつて調節できる。

右の結果を得るためには、つぎのことすべてが必須要件である。すなわち、(a)希望の共重合体を形成するために結合すべき割合の単量体を外部供給源より重合帯に供給すること、(b)単量体を重合混合物中に速かに分散させるように重合混合を攪拌すること、(c)重合帯を流れている間に、完全に重合が進まないように、重合帯内の内容物の速度(一部重合物の循ものを得ることは至難である。本願発明環速度も含めて)を調節すること、(d)重合温度をできるだけ均一に保持すること、(e)不完全重合混合物の一部分を重合帯より取り出すこと、(f)揮発成分、ことに未重合単量体を右(e)の取出物の流れより除去し、残つた共重合体は系外に排出すること、(g)回収された揮発性成分に重合帯へ返す、その間、右(a)ないし(f)の操作を中断しないこと。このように操作すると、最も小さい結合速度を有する単量体は、重合帯中に蓄積し、該単量体の濃度(重合帯内における他の単量帯の濃度に対し)は単量体類が重合帯内に外部から供給されると実質的に同じ場合で、他の単量体と共重合体を形成するに適するようになる。同時に、共重合体は、重合帯内に蓄積され、重合体が形成されるとすぐに重合帯より排出されるようになる。このような平衡状態に達すると均一な共重合体が連続的に取り出されて来るようになる。なお、右(g)の工程は、きわめて重要で、もし回収した単量体を重合帯へ直接循環させずに、単量体の外部供給源に返したのでは、右の平衡状態にはとうてい達せられない。このようにして、単量体の供給割合とほぼ同一の組成をもつ共重合体が得られるようになる。

ところが、引用例には、右に述べたような思想はまつたくない。重合槽を一度通過すれば、単量体も重合体も重合帯には循環されないで、重合体はそのまま製品になるのであるから、連続法とはいえ、回分法とは異なるというに過ぎない。審決は、製品の性質を一定にするための温度、圧の制御等は化学常識であるというが、そのようなことよりも、本願発明の方法と引用例の方法とは、根本的にその思想を異にする。本願発明は、従来の方法では得られない均一分子量、一定組成の共重合体を得ることを可能にしたのである。化学発明において、操作を分解すれば、すべての公知の方法であろうが、このような公知の方法をいかに組み合わせて従来の欠点を除去するかに本願発明が存する。右のとおり操作においても効果においても格別の差異のある本願発明を引用例から容易に推考しうる程度のものとした審決は誤つている。

(二)(1)  被告は、本願発明の要旨を、その発明の詳細なる説明の項の記載によつて、同素体重合体と共重合体との製法にあるとしているが、一方で、本件審決は、共重合体だけの製法に訂正された特許請求の範囲の記載(甲第一号証の三)をもつて本願発明の要旨としているから、両者はたがいに矛盾している。本願発明の要旨は審決に記載されたとおり共重合体の製法にあり、被告の主張は誤つている。

(2)  明細書中特許請求の範囲の項には、出願人が特許を請求する発明の範囲を記載し、それは特許後は排他権を主張できる発明の範囲となり、一方、発明の詳細なる説明の項には、その発明を明瞭にするために、その発明の属する現在の技術水準からいかなる点で秀でているか、既知のものにおける欠点をいかに是正したか、あるいは、その発明の目的、構成、作用効果、実施の態様等を記載して、特許請求の範囲の記載事項の意義を明確にするものであることは、旧特許法施行規則(大正一〇年農商務省令第三三号)第三八条に規定されているところである。したがつて、発明の詳細なる説明の項には発明を説明する手段として従来の技術を記述することもあつて、この項に記載された全部が必ずしも出願された発明の全部であるとは限らないのであり、特許請求の範囲が発明の要旨と考えられているのである。そして、出願された明細書についての審理は、特許を請求されている発明についてされるべきものであることは当然である。

よつて、請求の趣旨のとおり判決を求める。

第三  被告の答弁

一「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二原告主張の請求原因第一項ならびに第三項の冒頭および(二)の事実は、これを認める。

同第四項の点は争う。

(一)  本願発明においては、出願当初の明細書中発明の詳細なる説明の項および特許請求の範囲の項で、ともに同一または異なつた単量体の重合法を記載していたが、昭和三一年三月三一日付訂正書(甲第一号証の三)により、特許請求の範囲の項だけから、同一単量体の重合法が削除された。そこで、発明の詳細なる説明の項と特許請求の範囲の項とで記載の相違を生じた。この場合、訂正された特許請求の範囲を発明の要旨とするか、訂正前のものを発明の要旨としてよいかの問題を生ずるが、もともと、発明がいかなるものであるかは、その明細書全体ことに発明の詳細なる説明の項の記載から判断されなければならず、その検討の結果発明が本件について適用のある旧特許法第一条に該当していると認められるとき、はじめて、さらに進んで、その特許請求の範囲の項の記載の適不適を判断すべきものであり、単に特許請求の範囲の記載をもつて発明のいかんを論ずべきものではない。特許請求の範囲とは、その出願発明が特許発明となつた場合、その排他独占の権利を主張しようとする範囲を記載すべきものであることは、この項の名称からして明らかである。ところで、この項は、発明が特許権となつた場合と審理過程にある場合とでは性格がやや異なる。それは、特許権となつた場合は前記した性格を持つにいたるが、審理中は旧特許法施行規則第三八条に規定されたとおり記載することが要求される。しかし、この内容は、同施行則規第一二条後段に規定されているように、明細書に記載した事項の範囲内で増減変更することができる性質を有しており、ここに、明細書に記載した事項の範囲内と条件を付したのは、この条件下では、発明が変らないものと推定されているからである。また、特許は発明についてされ、その発明は最先の出願にかかるものでなければならないことはいうまでもないから、出願発明に変更を加えることが許されないことは明らかである(なお、同施行規則第一一条第二項参照)。以上のとおりであるから、訂正前の特許請求の範囲と訂正後の特許請求の範囲との差は、もしその出願が特許権となつたときは、その権利の範囲には広狭の差が生ずるとしても、発明の要旨としては、大差はないものであるから、本件審決が訂正された特許請求の範囲を発明の要旨としても、さしつかえはなく、本願発明の審理にあたつても、以上の理由から、明細書全体ことに発明の詳細なる説明の項の記載を対象として審理を進め、拒絶査定を支持すべきものとの結論に達するとともに、訂正された特許請求の範囲は、同施行規則第一二条において許された範囲内の訂正であるから、これを要旨と認定しているに過ぎない。ことに、発明の詳細なる説明の項に記載された発明がその出願前の刊行物に容易に推考実施しうべき程度に記載された部分を含み、出願を拒絶される場合は、発明が特許法にいう発明ではないのであるから、その発明の要旨の表現形式すなわち特許請求の範囲の項の記載内容は、その発明が特許となる発明を構成するかどうかに関する判断資料として価値はあまりないというべきである。

(二)  ところで、本願発明の詳細なる説明の項(甲第一号証の一第一七頁七行目から第一八頁八行目まで、第二二頁一行目から第二三頁六行目まで)の記載によれば、本願発明は、原料が単一の単量体の場合もあり、数種の単量体の場合もあり、また、その重合物は未重合物の溶液として取り出すが、その一部を必らずしもさらに重合帯に再循環させるものでないことが明らかであるばかりでなく、この点は、訂正された特許請求の範囲の項(甲第一号証の三)の記載によつても明らかにされていない。したがつて、本願発明は、同素体重合の場合も共重合の場合もひとしく包含する発明であり、また、重合体を重合帯に循環させることを必須条件としない発明であるといわなければならないから、引用例が原告主張のとおり重合体を重合帯に循環させる内容のものでなくても、何らさしつかえがない。なお、被告は、同素体重合と共重合とは本願発明の場合同一であるといつているのであつて、一般論としては別である。また、原告は、回収未重合単量体を直接重合帯に返すことが本願発明の必須要件であるとしているが、そのようなことは、明細書中特許請求の範囲の項にはもちろん、実施例の図面以外には、明記されたところがない。単に特許請求の範囲における「揮発せしめて再び重合帯に返し」とある記載だけからは、右の原告主張の内容を引き出すことができない。さらに、未反応原料の再使用については、例えば、ビニロン繊維製造におけるアセチレンの回収再使用、アンモニアソーダー法におけるアンモニア、炭酸ガスの回収再使用等、たいがいの化学工業で未反応原料を回収再使用しないものは経済的に成り立たないほどに一般常識となつている。

本件審決に違法の点はなく、原告の本訴請求は、失当として排斥されるべきである。

第四  証拠≪省略≫

理由

一特許庁における審査および審判手続の経緯、本件審決の理由の要旨に関する請求原因第一項ならびに第三項の冒頭および(二)の事実は当事者間に争がない。

ところで(証拠―省略)によれば、原告は、当初本願発明について特許請求の範囲を「少くとも一つの重合し得る液状単量体ビニリデン化合物を重合帯に送給しそこにおいてこれを攪拌し重合温度に加熱して未反応単量体中における重合体の溶液を形成させること、この重合帯からの不完全重合混合物の流れを取出すこと、この流れから未反応単量体材料を蒸発させてこれを重合帯に返すことおよび残渣なる重合体を重合系統えの単量体の送入率にほぼ対応する率(重量基準)で重合系統から放出することから成る操作を継続しつつ重合帯内の混合物をほぼ一定の温度に維持しこの混合物が完全に重合することを防ぐに充分な率でこれに単量体材料を送給するビニリデン化合物の連続的重合法」(なお附記一四項)とし、すなわち、同一または異種の単量体ビニリデン化合物の連続的重合法を記載し、かつ、その発明の詳細なる説明の項においてもこれに応ずる説明をした明細書を添付し特許願を特許庁に提出したが、その後昭和二八年八月六日付でこれに対し本件引用例にもとづく拒絶理由の通知を受けたこと、引用例には、原告が請求原因第三項の(一)において摘記するとおりの記載すなわちビニリデン化合物の一種であるスチロールだけの単一重合体の連続重合法(1)(2)の記載があること、そこで、原告は、昭和二九年三月一七日付訂正書をもつて右特許請求の範囲の項(附記とも)を訂正したが、その内容は訂正前と大差なく、同一または異種の単量体ビニリデン化合物の重合法であつたこと、原告は、ついで拒絶査定を受け同査定に対し本件抗告審判を請求した後、さらに昭和三一年三月三一日付訂正書をもつて、同項を原告が請求原因第二項において本願発明の要旨として主張するとおりの記載のものとし、二種以上の単量体ビニリデン化合物の連続的共重合法に改め、したがつて、同一単量体の重合法は削除されたが、発明の詳細なる説明の項の記載は、当初のままとされたことが認められる。

二ところで、発明の明細書中「特許請求ノ範囲ニハ発明ノ構成ニ欠クヘカラサル事項ノミヲ……記載ス」べきものであり、「発明ノ詳細ナル説明ニハ其ノ発明ノ属スル技術分野ニ於テ通常ノ技術的知識ヲ有スル者カ其ノ発明ヲ正確ニ理解シ且ツ容易ニ実施スルコトヲ得ヘキ程度ニ其ノ発明ノ構成、作用、効果及実施ノ態様ヲ記載シ併セテ特許請求ノ範囲ノ記載事項ノ意義ヲ明確ニスルヲ要ス」ることは本件に適用のある旧特許法施行規則第三八条の規定によつて明らかであるから、「特許請求の範囲」の項においてその構成に欠くべからざる事項を掲げて記載された発明が、「発明の詳細なる説明」の項においても開示されるべきものであり、両項において当該発明に差異があるべきものではない。ただ、実際上両項における当該発明の記載において広狭の差異のある場合を生じ、この場合、当該発明は特許請求の範囲に基いて解されるべきか、発明の詳細なる説明の項を含む明細書全体の記載によつて解すべきかの問題を生ずる。けれども、本件出願においては、原告は、当初単一または二種以上のビニリデン化合物の連続的重合法を発明としてその特許出願をしていたところ、前示認定の経緯のとおりその特許請求の範囲を訂正して、二種以上のビニリデン化合物の連続的重合法だけについての出願にしたものであることが弁論の全趣旨に徴して明らかであり、その訂正が許されるべきことは、同施行規則第一一条第二項、第一二条後段(この規定は、出願人が出願公告の決定前、審査、抗告審判等係属中に明細書に記載した事項の範囲内で特許請求の範囲を増減変更する限り、それは、要旨変更の有無の判定をまつまでもなく、この規定により要旨を変更するものとはみなされないとする趣旨と解される。)により明らかである。したがつて、本件明細書中、発明の詳細なる説明の項に単一のビニデリン化合物の重合法の記載が削除されないまま存し、その記載だけに基いてみれば、本願発明がこれをも包含するかの誤解を生ずるおそれがなくはなく。したがつて、これを削除する等により原告の本件出願の趣旨を明確にすることが望ましいとしても、本願発明の要旨は、結局前示の経緯にかかる改正により、原告主張の請求原因第二項記載のとおりのものとなつているものと解すべきである。右の判断に反する被告の主張は、排斥を免れない。

三そこで進んで、右の要旨にかかる本願発明がその出願前公知に属した引用例の記載から容易に推考しうるものであるかどうかについて考える。

まず、本願発明は、(a)少くとも二種の共重合しうるビニリデン化合物の液状単量体を重合装置に供給し、(b)前記ビニリデン化合物の混合液は攪拌しつつ重合温度に加熱して共重合させ、(c)生成した共重合体は未反応単量体に溶解した溶液となし、(d)また、完全に重合していない右溶液を重合帯より流体として取り出すに当り、原料の液状単量体は化学的に結合して望む共重合体を生成せしめる配合割合で重合装置に供給し、(e)未反応の単量帯より流出した流体から揮発させて再び重合帯に返し、(f)また、残つた共重合体が供給する単量体と同じ割合(重量基準)になるように、前記共重合体の溶液を重合装置より取り出す、(g)このような操作を継続する間反能混合液は重合温度に保ち、(h)また、前記単量体は反応混合液が完全に重合するのを防止するに十分な速度で反応混合液に供給するので、重合帯における単量体の配合割合と生成した共重合体中の前記単量体の組成は、重合工程の初期においては変化するが、平衡状態に到達した後一定になることを特徴とするビニリデン化合物の連続的重合法である。これに対し、引用例は、スチロール(ビニリデン化合物の一種)だけの単一重合体の製造に関し、その重合法として(1)塔式連続重合法(2)ドラム乾燥式連続重合法を掲げている。

けれども(1)の重合法においては、未重合単量体スチロールを攪拌しつつあらかじめ六〇―八二度Cに熱して一部重合させ、その一部重合物を取り出し、これを別々に熱せられた六区域よりなる重合塔中に落下させ、その温度を順次上昇させることにより完全に重合させ、重合塔の底部からポリスチロールをリボン状で取り出すものであるから、これを本願発明の方法と対比すべくもないことは明らかである。そこで、同素単量体の重合法に関する引用例のドラム乾燥式連続重合法(2)と二種以上の単量体の共重合法に関する本願発明とを以下に対比して考える。

この両者は、ビニリデン化合物の重合法であり、重合帯に単量体を注入攪拌してその全部を重合させずに単量体中に重合体が溶解しているまま流体状で重合帯から取り出して後、未反応単量体を蒸発させて目的物たる重合体を得る点において一応一致している。けれども、つぎの点においてたがいに異なつている。すなわち、

(一)(同素体重合体の製法と本願発明における共重合体の製法との技術的差異について)

前掲甲第一号証の一および弁論の全趣旨によれば、本願発明は、均整な化学的組成および分子量を有する型作可能な共重合体を連続的に容易に製造することを目的とするものであるところ、同素体重合でもビニリデン化合物の場合には分子量の種々異なつた重合体が得られ均一の重合体を得難く、同第三号証の二(引用例)によつても重合熱を伴い温度調節がむずかしいことが認められるから、まして、ビニリデン化合物の共重合となれば、共重合体の成分単量体のうちあるものが温度調節等のいかんにより早くそれ自体で重合するという場合があつて、常に均一組成にして分子量の一定した共重合体を得ることが困難であり、ただひとつの単量体を原料とする同素体重合の場合と同視し難いことは、明らかである。また、共重合の場合、反応進行とともに製品共重合体の組成が変化することは、前掲甲第一号証の一第五頁一―八行目によつても明らかにされている。したがつて、組成の一定である共重合体を得るという点において、同素体重合の技術をもつてただちに推考しえず、両者は、技術思想を異にするものということができる。

なるほど、本願発明の明細書(前掲甲第一号証の一第二〇頁一一―一三行目)には「本発明の方法は同素重合体の製造に実施される場合もほとんど同様」であるとの記載があるが、これは、同号証の一の記載を通じてみるのに、本願発明の方法においては分子量および化学組成の均一な共重合体を得ることができるが、その方法を同素体重合に応用すれば、均整な分子量の同素重合体を得ることができるとの趣旨に解せられ、したがつて、両者において、本願発明を方法的に同様に実施しうるというにとどまり、これを技術思想として同一であるとの趣旨に解することはできない。

(二)(本願発明における未反応単量体の再度重合帯への環流および重合帯への単量体供給量の限定と引用例にその旨の記載の存しないことの差異について)

前掲甲第三号証の二によれば、引用例のドラム乾燥式連続重合法においては、ビニリデン化合物スチロールを攪拌加熱してその三〇―三五パーセントを一部重合させ、その一部重合物を取り出して減圧かつ七五―八〇度Cに保たれた室中に置かれたロール上に落すと、ポリスチロールがこのロール上に帯状に形成され、未反応単量体(全体の約六五パーセント)は気化するので回収し、ポリスチロールは削り落して得られること、この得られたポリスチロールは、収率は悪いが重合度は高いことが明らかである。したがつて、この重合法には、二種またはそれ以上の単量体の供給の仕方、単量体と重合体との混合物の循環については記載されておらず、回収された単量体をその供給源に返し再使用することが考えられるとしても、本願発明におけるように重合帯に循環する技術はうかがえない。ところが本願発明においては、重合温度を一定に保つこと、重合帯において生成した共重合体が未反応単量体に溶解している溶液を取り出しさらに重合帯に環流することおよび流出する右溶液の一部についてそのうち未反応単量体を揮発させ再び重合帯へ返すことが重要であり、これとその余の本願発明の前示構成要件と相まつて、連続的に、ビニリデン化合物を製造し、もつて、右(一)の項冒頭の本願発明の目的を達するものであることが、前掲甲第一号証の一、三(明細書および図面)によつて認められる。

したがつて、本願発明は、引用例とは、前示のような一致点があるとしてもそれは一般概括的なものであるところ、一方右のとおりの顕著な差異があるから、結局、そのような引用例をもつて本願発明を容易に推考しうるものとすることはできないといわなければならない。

四右のとおりであるから、本願発明を引用例から容易に推考しえられる程度のものであり発明を構成せず特許要件を具備しないとした本件審決は、審理不尽、理由不備のそしりを免れず、したがつて、違法として取り消されるべきものであり、原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第六民事部

裁判長判事 関 根 小 郷

判事 入 山   実

判事 荒 木 秀 一

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例